maximam271828’s diary

あなたの人生に少しの砂利を

結果論で世の中は溢れている→仕方ない

 世の中、喉から手が出るほどに羨ましく感じる、またはそう見える"成功者”が溢れているように思える。往々にして、各分野において”成功法”や、”羨望の存在になる方法”が溢れている。果たしてどのくらいの人がその方法を信じ、行動し、同じような”成功”を掴んでいるのだろうか。

 

 結論。”いない”のではないだろうか。もしくは、”成功”していても、前述の”成功法”に倣ってというより、その人が持つ資質によるものが多いのではないだろうか。

 

 これは仕方がないことなのである。世の中の”成功法”を発信している方々からすれば

  • もし真似して、同じように成功したら、パイの取り合いになるので困る。
  • なにか努力をしているときに、結果を予測して行動しているわけではない。
  • そもそも、生まれ、育ちも完璧に真似ることは不可能。
  • 結果論。

なのだから、正直、成功するわけないし、成功されてしまうと困ってしまう場合が多いのではないだろうか。かくいう私も、何度もプログラミング技術の習得に苦心したが、結局、ゴール。それを細分化した、短期、中期的な目標設定の方法がわからず、何度も挫折した。勉強方法は書いてあるではないかYouTubeに掲載されているではないかとおっしゃる人はいるだろうが、最終的な方法を(手取り足取りを、モデルとして)掲載されている方には出会ったことはない。そんなことまで求めるなとおっしゃる人もいるかもしれないが、今回の記事のテーマは”結果論”であって、その指摘は的外れである。

 

 世の中の”成功者”は、大概、成功しようとして、緻密に計算してその結果成功したわけではない。その人の”成功”という結果にストーリーを後付けしているにすぎない。計算している人がいると主張する人がいれば、「あなたは両親、生まれる時代、生まれる地域も、お腹の中で計算したのですか?」と聞いてみたいものである。

 

 結局、”成功”というピラミッドの頂上から見下ろして「この階段は上手く作れた。」と懐かしんでいることと変わらないのである。もちろんピラミッドは緻密な計算をもとに精巧な設計図を作成し、神経を削って建設されたのだろうが、残念ながら、”成功”という設計図は存在しないのである。

 

 成功法を真似して成功しないのは仕方ない。当たり前のことなのである。

ただ、どのようにして自身の中の成功の定義を自身が幸せと感じるものに変えるかの方法は結構世の中に散らばっている気がする。